世界の果てで、呟いてみるひとり。

鳴原あきらの過去・現在・未来

喪中欠礼


昔の同期から喪中欠礼葉書が届きました。私もそろそろ親が死んでもおかしくない年頃に近づいてきたのだ、と改めて思いました。彼らが死ぬまでにあと幾ら幾ら貯めたいという希望があったりする訳ですが、大ざっぱにみつもってもあと十余年は元気でいてもらわねば困るのです。そうじゃないとこの家に住んでいられなくなるかもしれない、というやみくもな恐怖感があります。お金なきゃないで暮らし方はある、なんとかなるさと思う訳ですが、たとえば固定資産税って私の給料の何ヶ月分?とか、しっかりした経済観念がないのでぜんぜんわからない訳です。親にきいても教えてくれないし。


興味持って勉強しなきゃいけないんだろうな。ばくぜんと不安でいるよりはその方がいいんでしょう。とはいえ国の制度ってころころ変わるものだから、今の知識で安心、ではないしな。


仕事場で、いつも仕事の最新情報をプリントして懐にしのばせている人がいます。仕事に対する実に正しい姿勢ですが(自分が困らないためなんでしょうが)、いつどこでそれを「最新」だと気付くんだろう。今までと変わったとしるんだろう。
一度きいてみたいのですが、忙しくて一対一でしゃべってるヒマがないんですよ。
そういう人にヒントもらうと、なんか自分の中でも目覚めるものがあるんじゃないかと思ったりする訳なんですが。


無理?