世界の果てで、呟いてみるひとり。

鳴原あきらの過去・現在・未来

当然、それより福島に近い相模川水系の下水場の汚泥から


それぐらい検出されても、なんら不思議ではありませんね。


http://mainichi.jp/area/kanagawa/news/20110513ddlk14040272000c.html


http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110512/dst11051218200016-n1.htm


3月の天気の悪い日にはなるべく外へ出ず、最近までずっとマスク生活していたのは、外出する気力がわかなかったからですが、あの頃、なるべく雨に濡れないようにしていて、よかったと思うべきなのでしょうかね。まあ、濡れていいことってまず、ないですけどね。
隣町のモニタリングポストでは、日々、正常値しか観測されていないわけですが、はてさて、どこから来て、どうやってそんなに、たまったのでしょうかね?


もう、チェルノブイリよりひどい状態になっている、ということですね。


私は小学生の頃、「原子力発電なんてものは、日本の発電の1%ほどしかしめていない。原爆と違い、平和的な原子力利用であるし、あまり心配しないでよいです」と教わってきた世代です。つまり「いつの間に三割になってんだよ!」世代です(だいたい平成になってからですかね)。
「核実験バンバンしてた時代より現代の放射能の方が少ないよ」といわれても、「基準値をこえたものを一時的に摂取しても、健康には問題ないよ」といわれても、「夜が暗い時代の方が犯罪が多かったのだよ」といわれても、「だからといってこれ以上、汚染され続けてもいいんですか?」と思わずにいられないわけです。いろんなものの基準値そのものが引き上げられていたり、基準値そのものがないものもあり、な状態です。なのに、被災した学校の校庭の土でさえ、どこへも持っていき場のない状態で、大量に汚染された瓦礫や土地が、どうかしようがあるんでしょうか? 今回の処理できない汚泥も、東京の浄水場の汚染を考えれば、想定の範囲内だったはずです。風評被害などといいますが、風評でない現実の被害が、発生していますよね。心配してもしかたないから目をつぶれ、黙って見守れ、という論理をふりかざす人は、いったいどこへ行くつもりなのでしょう。あなたの上にも、雨は降りますよ。


一昨日の日記に拍手をいただいていたようですが、そういう話ではないのです。


ああ、こんな記事も。
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110518ddm013040204000c.html