世界の果てで、呟いてみるひとり。

鳴原あきらの過去・現在・未来

それだけじゃ終わらなかった。へこんだ。


日曜日、渋谷でやっている『百合子、ダスヴィダーニヤ』、みてきました。
百合子役の一十三十一(ひとみとい)が挨拶にきてたんですが、ちっちゃい!
数十センチの近距離でみましたが、可愛かったです! 
映画の中でも、ちゃんと良家の子女に見えました。
ただ、残念なことに、文学少女に見えないのよね……知的な台詞がみんな宙に浮いちゃってる。
百合子は良家の子女だからこそ「女性は虐げられてはいけない」「貧しい人たちが救われる世の中でなければいけない」ということを、まっすぐな、清い気持ちで訴えられるんですよ(私利私欲から発生しているものではないから、かえって強い。イーディス・ネズビットみたいな人はどこの国にもいるのよ)。
だからこそ、殉教者的な荒木さんと結婚したんだし、宮本さんと再婚して社会主義者として生きたというところが、映画の中から読み取れない。
あと、菜葉菜(なはな)さん演じる湯浅さんも、原作のエピソードがごっそり削られていて、ただの可哀相な人になっちゃってる。彼女も翻訳家らしく、知的なものへの飢えから、様々な女性と交流していて、その中に天才少女としての百合子が登場してくるわけで。でもあれじゃ、ただのコケティッシュな女にふりまわされただけじゃないですか。
あと、監督自ら「百合ダス」と略すのはやめてください。ひどい語感だ。
せめて「ダスヴィダーニヤ」が「さようなら」の意味であることぐらい、説明してください。
丁寧に、時間をかけてとられたことがわかる映像だっただけに、惜しいです。
原作はすごく面白いのですが、絶版ですよね、もう?
http://yycompany.net/


で、映画が終わったあと、「パンフレットを買った方は、浜野佐知監督のサインがもらえます」といわれたので、パンフを買って、列に並んだわけです。
で、「為書きをお願いできますか」とお尋ねしたらば、「宛名ですね、いいですよ」と快諾していただき。
そこまではよかったんですよ。
監督、そばにいたスタッフの女性に声をかけ、「この方のお名前を訊いて。彼女、いや、彼の」
ちょ!
思わず「彼女です」といってしまったじゃないですか!
なんで彼って言い直すねん!


へこんだ。マジでへこんだ。
あかい服を着ていようが、化粧をして口紅をひいていようが、胸がCカップあろうが、私はそんなに男にしか見えませんか。


そういえばその昔、スカートはいてたのに(ツーピース)、徳岡さんに「男の方」っていわれたことがあったっけなあ(遠い目)