世界の果てで、呟いてみるひとり。

鳴原あきらの過去・現在・未来

そろそろ書店をやりたい人にも答えておくか


beco talk vol.13「吉祥寺で本屋をやってみたら 〜ミステリー専門書店「TRICK&TRAP」の1400日〜」戸川安宣さんトークショウ(インタビュー:空犬さん)・レポその3(3日連続で書いています、最初からお読み下さい)


ある程度、売り上げが見込めるようになったにもかかわらず、やめたのは、マンションの二度目の契約が切れたからです。
TRICK+TRAP」が閉店した後、「続けたい」と申し出てくれる人は、何人もいました。
たとえば、親が自由が丘にマンションをもっていて、格安で借りられる、という申し出には、心が動きました。立地的にも自由が丘なら、それにあわせた展開もできるわけで。


ただ、ミステリ専門店というのは、戸川さんだからこそ、成立していたようなもので、他の人ではそうはいきません。「リブロさんにない本を揃えなければならない」というのは、辛いものです。本を4冊注文しても、二ヶ月も届かず、仕方なく、冊数を2冊に減らして注文すると、それから二ヶ月して、やっと、そして最初の注文分と二度目のぶんがまとめて6冊届いて「全然、話が伝わってない!」と怒ることもあったそうです。
アンケートをとっても、まず返ってくることはありません。反応や感想がこなければ、お客さんが何を求めているか、わからないわけです。


本屋をやっていて、刑事がやってきたことがありました。なんでも、地下街で捨てられていたチョコレートを食べた浮浪者が中毒を起こしたということがあって、ちょうどその頃『毒入りチョコレート事件』が出ていて、うちへ聞き込みにこられて「(事件のヒントになったかもしれないので)どこでどれぐらい売れましたか」と訊かれた。しかしPOSも導入されてない頃の話ですから「そんなことわかるか!」と(こっちが知りたいぐらいですよね)。


書店を知らない編集者、本屋を知らない営業、などという言葉があるわけで、読者と直接やりとりできる本屋をやれたことは、幸せだと思います。
前にも触れた、おばあさんのような読者。
修学旅行を引率している先生が、生徒のフリータイムに足を運んでくれたり。
何を読んだらいいですか、とガイドを求めてくる人には、「今までどういうものが好きでしたか、何を読んできましたか」ときいて、おすすめの本を出してみたり。
お向かいにある、アンテナショップの店長さんが、一番買い物してくれたかもしれません。


こういう、書店をやりたいと思う人にとっては、難しい時代になりました。
戸川さんが1970年に編集者になった、つまり43年前といえば、もともと刷り数の少ない創元推理文庫でさえ、二万、少なくても初版一万八千部を刷って、必ず重版がありました。翻訳も、年に12冊ぐらいでましたから、毎月、前月の印税が入ってくる形でした。
今は、文庫の初版は一万を切ります。そして重版がありません。昔は、文庫に入ると長期的に売れるというのがありましたが、今はありません。
たとえば、岩波文庫に「復刊フェア」というのがありますが、実はあれは、復刊ではないんです。重版なんです。文庫で定番なんだけど、いまは在庫がない、というのを重版しているわけです。
文庫は、本の最終形態(ハードカバー、新書、文庫)なわけで、薄利多売なんですが、少しずつでも重版があれば、不労所得になるわけです。
今は本屋も版元も作家も大変で、独立店、特に専門店をやるということは、とても厳しくなっています。
岩波の社長さんも、出版界は「構造不況業種」だといっていました。小林さんの場合は、余裕のある生活をしていて、儲かっていて、それでもう一店、という状況だから出せたわけで、これで食べていく、というのは厳しい。本を注文するために電話一本かけるだけでも、もうけとなる10円がとんでいくわけです。専門店として成立しているのは、わずかな児童書専門店だけだと思います。


これを打破するには、可能な限り、情報を発信していくしかないです。
それこそ、ブログ、サイト、ツイッター、あるもの全部で「どこで何時に○○をやります」と告知していかなきゃいけない。
それをしておくと、特に知り合いでもなくとも、たとえば、貴族検事で小説家の濱尾四郎の息子さん、浜尾実さんは、天皇家の元侍従で、コンクラーベで法王を選ぶうちの一人だという偉い人なんですが、その人が車で来店して、濱尾四郎さんの本をまとめて買っていってくれたりするわけです。どうして知られたんですかっていう。


あとは本当に、お客さんのニーズを、どう汲んでいくかです。
新刊をきらさず、ついていくというのは大変です。
修道士カドフェル』というシリーズがありますが、これが、ミステリチャンネルで放送されると、欲しいという人が増えました。教養文庫で10巻ぐらいまで出てたんですが、その古いのとか。
あと、サイン本は売れますから、営業さんを捕まえて、在庫をくれと。
有栖川有栖さんなんかも、よく来てくれましたね。宇川さんが連れてきてくれて。
常連さんたちが、支えてくれました。


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私のトークショウのメモは、以上です。
メモをとりそびれたところは、ごめんなさい。
また、じゃっかん、時間が前後しているところもあります。
トークなので、実際に話がいったりきたりしているところがあり、まとめてしまった部分も。


この他、当時の写真やアルバムの閲覧、お土産として、当時のペーパー、ブックカバーなどが配られました。
閉店時、戸川さんの身体に不調があってお辞めになった、という記憶があったのですが、アルバムに「大怪我をされた」のを心配している、とコメントがありましたので、ご病気ではなかったのかも。ご本人も「当時、死にそうな状態で」とおっしゃっていたような。
トークショウ後のトークは4時間に及んだそうで、私も時間がゆるせば、もう少しお話をうかがいたかったです。お写真とサインを頂戴できただけで、ありがたかったです。


そんなわけで、「TRICK+TRAP」閉店から7年近くが経過しているわけですが、戸川さんは今でもお元気で、成蹊大学の書庫の作業や、編集顧問としてのお仕事、宣伝・告知活動など、精力的に行っていらっしゃるので、心の底からほっとしました。
これからのご活躍を、お祈りしております。


ところで、このメモを書きおこしている最中に、小林カツ代さんの訃報が飛び込んできまして……。
いろんな意味で、切ないことですね。


戸川さんご自身も、ふれてらっしゃいました。娘さんは「まりこ」さんなのですね。
http://blog.livedoor.jp/jigokuan/archives/51999482.html



ウェブ拍手、ありがとうございました。