世界の果てで、呟いてみるひとり。

鳴原あきらの過去・現在・未来

日本語から日本語への翻訳 オカワダアキナ『さなぎ』

オカワダアキナさんの短編「さなぎ」を自分の文体で書き直してみる、というチャレンジがあって、うらやましくなったので自分もやってみました。

オカワダさんの原文。

#小説 #短編 さなぎ - おかの小説 - pixiv

読んでいただければわかりますが、オカワダさんの創作はその語り口が大きな魅力となっていて、モノローグに近い文体と内容の詰め方は容易に真似のできないものです。それを「翻訳」というぐらい、他言語のようにひらぺったくしてみたらどうなるか、というのを、私もやってみました。きれいな謎解きにしたかったのですが、やはり、難しいですね……。

 

「さなぎ」原作:オカワダアキナ 翻訳:鳴原あきら

 

「おまえ、これ、取りに行ってくれ」
 祖父が母に見せた掲示板アプリは、ジモティーの中古品売買のもので、レコードプレーヤーを譲ってもらえることになっていた。
「そんなの自分で行ってよ」
「いや、おまえの名前でやりとりしたから」
 祖父がつついていたのは昨夜の俺の食べ残しだ。固まっている冷えた煮汁ごと、白飯にかけて食べ始めた。
「俺も食べていい?」と言うと、母はめんどうそうによそいつつ、
「今日はちゃんと朝ごはん食べるのね」と嬉しそうな顔をした。
 アプリの画面をのぞき込むと、確かに母の名前で取引が成立している。
「なにこれ、ネカマ?」
 祖父はネカマの意味がわからないようで、きょとんとした顔を母に向けたが、
「男相手だと怖がられるかもしれないから」
 ぼそぼそと呟いた。
 相手の名前はnagisaと言い、自宅の近くまで取りに来てくれる人限定で千円とある。
どうして祖父がレコードプレーヤーなどほしがったかというと、大分前に亡くなった曾祖母の家から、古いレコードがたくさん出てきたからだ。大きなミカンの木のある曾祖母の家を、祖父と母とで片付けていた。空き家になってもアゲハの幼虫が這っていたが、あの木はどうなったのだろう。今でも実がなっているのか、それとも食い荒らされたか。それとも蝶になる前に、幼虫の方が食われたか。
 煮こごりを食べ、残っている身も食べた。魚の脂をまとった骨をしゃぶる。感触が楽しくて舌を遊ばせていたら、母に見つかってやめなさいと叱られた。
 母は文句を言いつつも、祖父の代わりにプレーヤーを受け取りに行くことにした。二千円で手を打った。

 

 待ち合わせ場所は隣町だった。
「昔、不動産屋の営業をやってた頃、行ったことあるわ」
 母はチラシのポスティングで、隣町の住宅街を歩き回ったらしい。
「チラシ入りのポケットティッシュでね。鳥の飾りのついたポストに入れてたら、奥の大きな家からおばあさんが出てきて、いいわね、ティッシュなら、もっとちょうだいって言われて、十個ぐらい渡したから、おかげでポスティングもあっという間にすんじゃった」
 駅のホームで母は笑った。
「懐かしい。雨上がりでもないのに、あのポスト、びしょ濡れだった」
 やってきた電車は水の匂いがした。地下鉄から乗り入れている路線なので、地下の水を連れてきているのかもしれない。ところでびしょ濡れのポストってなんだろう。祖父の家はマンションだから、郵便受けは階段下の集合ポストだ。濡れはしない。通学路の歩道橋は老朽化で水がたまり、濡れた手すりは錆びた鉄の匂いがする。濡れたポストも、あの匂いがするのだろうか。
「懐かしいな」
 俺は小声で呟いた。学校にはしばらく行っていない。歩道橋ものぼっていない。
 電車はすいていた。
 母は車のキーをポーチにしまった。
 祖父は俺たちが車で取りに行ったと思ってるが、実は駅前の駐車場に停めてある。母は理由を言わないが、俺はうすうす知っている。黙って後ろをついていった。

 
 馴染みのない町だ。
 大きな犬とすれ違う。
「チャウチャウ犬だね。中国の犬で、舌が青い」
「ほんと? だったらもっとよく見たかった」
 なぜか母は慌てて、
「真っ青ってわけじゃないよ、青黒い感じ」
 街路樹の下には銀杏がたくさん落ちていて、俺は踏んで歩いた。割れてくさい。スニーカーの溝に詰まる。
 待ち合わせ場所は、アパートや建売に囲まれた小さな公園だった。このどれかがnagisaの家なんだろう。母がアプリから連絡をすると、中年の男が出てきた。痩せたおじさんで、レコードプレーヤーは二重の紙袋に入っていた。これはおまけ、とレコードも何枚か持ってきていた。母が千円渡すと、おじさんは帰った。
「なんだか麻薬の取引みたい」
 そう呟いて、母は笑った。

 

 公園のはす向かいにある家で、太った女の人が庭で水まきをしていた。見ていたら目があって、《あれがnagisaだ》と思った。祖父とやりとりをしたのはあの人で、相手を警戒しておじさんに出てもらったのだ。母はおばさんを見なかったから、気づいたのは俺だけだ。おばさんは長いホースで水をまき散らし、庭の外の車や生け垣にもかかった。ポストが濡れるのはそういうわけか。曾祖母の家のミカンも無事に違いない。重たい重たいと文句を言いつつ、母と交代でプレイヤーを担いで持ち帰った。


 
 レコードのかけかたを祖父が教えてくれた。そっと溝に針を落とす。ブツッと音がしてメロディーが流れ始める。
「子どもの頃、ニワトリを飼ってたんだが、野菜を食べさせてたから、ふんが緑色でイモムシみたいになってたな」
 アゲハの幼虫は、ぶじ蝶になって飛んでいるに違いない。
 母は免許センターに行っている。更新期限が過ぎてしまい、手続きが必要になったからだ。祖父と母は喧嘩になった。
「前の家に葉書が届いてるんだから、しょうがないでしょ」
 母は泣いた。
 前の家には父がいる。俺たちは、たぶん、もう会わない。
「失効してるのをわかってて、運転するんじゃない」
 祖父はそう叱ったが、ずいぶん優しい言い方だったので、母はおとなしくうなずいた。
 俺と祖父は買い物に行った。フードコートでかき氷を食べた。スニーカーはまだ銀杏の匂いがする。ブルーハワイで舌が青くなった。チャウチャウ犬の舌が青いのは、つまりそういうことなんだ。

 

 

 

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一応、解釈はあってるみたいです……!