beco talk vol.13「吉祥寺で本屋をやってみたら 〜ミステリー専門書店「TRICK&TRAP」の1400日〜」戸川安宣さんトークショウ(インタビュー:空犬さん)・レポその2(前日から続いています)
リニューアル、そして最初の転機は2005年2月にやってきました。
ワンルームマンションというのは2年契約なので、ここで最初の契約が切れることになっていました。
小林さんは第2子を妊娠しており、続けるか・続けないかという話になった時、では、戸川さんが「私が一人で続けましょうか」ということになりました。
戸川さんは、出版人らしく「束見本(本をつくる時、実際にどんなサイズになるかを見るために試しにつくる本。中身は真っ白です。例えば、都筑道夫の『猫の舌に釘を打て』は束見本をメモ帳がわりに書いた小説という体裁になっています)」にメモをとっていたそうです。
2004年10月2日の記録によれば、「一日で11冊売れた。その内、一冊スリップを抜き忘れて、どの本かわからず、在庫を点検してまわったけれども、結局どの本かわからない、売り上げ14983円」などと書かれているようです。売り上げが0の時もあり、お客さんが一人もこない日もあって、店番しているのが辛かったそうです。
とにかく本のイベントをやらなければ、と企画を考えます。
まず、お店に来てくれる作家さんを捕まえます。
島田荘司は講談社の編集さんが連れてきてくれました。道尾秀介、霞流一などもやってきます。そうすると、「何か本がないとまずい」と探しだし、サインしてもらって、サイン本として売るわけです。しかし、在庫の揃えですと、各一冊ずつぐらいになってしまいます。もったないないので、来られるとわかっている時には、最初から5冊ぐらい取り置きしておきます。版元へ直接交渉したり、転売してる人から買ったり、出版社へ直に買い付けにいったりします。
平台の位置をずらし、テーブルを奥において、その後ろにソファをおいて作家さんに座ってもらいます。サイン本はレジ脇に特集として置きます。
BGMなども、コロンボの曲をかけたり、ジェレミー・ブレットのホームズの曲をかけたり、また、島田荘司ファンのピアニストの方が作曲した曲をかけたり、と工夫しました。
本の展示方法も、洋書のホームズをおいて、古本と新刊とあわせて置いたりします。戸川さんが古物商の資格もとっていたので、販売が可能でした。
2005年には、西澤保彦(わざわざ高知から!)と漫画家さんのジョイントサイン会、その他、倉知淳、島田荘司、二階堂黎人、若竹七海など、当時のそうそうたる顔ぶれでサイン会が行われています。
特に島田荘司の場合、『島田荘司全集』第一巻がでたので、ブログで告知して行ったところ、伝説のサイン会と化してしまいました。
人が沢山くるので、整理券を配布し、「1時から〜」「2時から〜」といって、他の場所で待っていてもらうのですが、島田さんが一人2分ぐらいで、とお願いしているのに、10分ぐらいしゃべってしまう。おかげで10時間近くかかってしまい、終了が23時を過ぎていた。にもかかわらず、誰も文句をいう人がいなかったそうです。
何がすごいといって、島田さんは一度もトイレにたたなかった。本当は食事も用意していたのですが、飲み物だけで過ごしていたそうです。18時に打ち上げを予定していたのですが、無理なのでキャンセルしたとか。これを2回やり、3回目は南雲堂で行ったそうです。
実は「TRICK+TRAP」は、まだ本屋としての口座が残っており、この2014年の春に正式に閉店するので、新しい島田荘司全集が4月発売予定なので、おそらく発売が5月になると思われるので、そのころ、beco cafeでサイン会を行いたいとのことでした。
こういうサイン会は、もちろん、書店の認知のために行っていました。
最初の頃の売り上げは、本が動く土日でも何千円、2年目3年目で、やっと万単位になりました。
2006年頃、ようやく、日割りで1万円の売り上げになってきたそうです。それも、吉祥寺という本の街だから成立していたようなものです。
しかし、中央線沿線ですから、家賃は高い。光熱費と住居費だけで、月に12万ぐらいかかってしまうのです。交通費は小林さんに出してもらいましたが、食事も2食とらなければなりませんし、戸川さんは、ほぼ無給の状態でした。サイン会にでてくれた作家さんのお礼も、ちょっとご馳走して、謝礼の手紙をお渡しするぐらいしかできない。
直接売るのは楽しく、ポップやチラシを工夫するなどしましたが、一番大事なのは、やはりお客さんの声を反映することでした。たとえば70代のおばあさんが、講談社ミステリーの入手しにくい本をもとめて、車で送り届けられてきたりするのです。そういう人はやはりマニアで「エラリー・クイーンの某小説(国名シリーズ)は、SF作家の××さんとの競作なんですってね、ぜんぶ読みました」と、知っているのです。
また、小説家以外の作家さんからも助力を受けました。
装丁作家のひらいたかこさんに、ホームズをモチーフにしたブックカバーをデザインしてもらったり、漫画家のいしいひさいちに、ホームズの絵を描いてもらって一筆箋をつくったり、ナイフをモチーフにしたショップカードを作成したり。若竹七海さんに小説を書いてもらって私家版として配布したりもありました。
2006年2月からは、フリーペーパーも発行するようになり、2007年2月まで13号出しました。作家さんだけでなく、お客さんに書いてもらったり、書店員さんに書いてもらったりと、バラエティに富んだ内容になりました。戸川さんの人脈をフルに利用したやり方です。
信じられない事件としては、TRICK+TRAPに泥棒が入ったことがありました。
2005年の12月、戸川さんがお店にきてみると、ドアが開いています。閉め忘れて帰ったのかと思ったら、入り口にレジスターが転がっており、中の現金が全部抜き取られていました。
真っ青になった戸川さんは、まず本を点検しましたが、盗まれているものはありませんでした(本屋さんでは万引きが一番怖いのです、リラダンなんて数万円です!)。交番に届けを出すと、指紋などをとられ、「最近、ここらへんに似たような泥棒がでています」といわれ、「そうなんですか」と会話しました。後日、その泥棒は大森で捕まったそうですが、もちろん、現金は戻ってきませんでした。
自費出版された推理小説を「お店で売って下さい」といってもってこられ、後日本当に作家になった人、せっかく華々しくデビューしたのに、あちこちで喧嘩を売って干された作家の作品を、ファンが自費出版として出した物を売ったり、いろんなことがあったそうです。
この項目、続きます。あと少しですので、全部書き上げてしまいたかったのですが……。