世界の果てで、呟いてみるひとり。

鳴原あきらの過去・現在・未来

『マーシャとダーシャ』


ペレストロイカの前、「ソ連には障害者はいない」ということになっていたそうです。例えばドイツが、高性能の車椅子を提供しようとした時、「我が国には障害者はおりませんから」と断ったそうです。
その時代のモスクワに、腰から下を共有する形でうまれた双子がいました。彼女たちはすぐ死ぬと思われたので、母親には死んだと嘘をついて学者達が連れ去り、研究材料にしました。しかし彼女たちは生き延びたので病院に閉じ込められ、学校にいきたいというと養護学校に閉じ込められました。彼女たちは年頃になりましたが、そうなると学校にも入れておけません。なにしろ「存在しない」のですから、社会に彼女の受け皿はありません。外へ出れば完全な「見せ物」扱い、自活する以前の問題が山積みです。そんな十代後半の彼女たちが次に閉じ込められたのは、「老人ホーム」という名の、収容所でした。――というのが、小見出しにした本の内容(実話)なんですが。


読みながら妹が怒っている。
なので私はこういいました。
「それはつまり、“ソ連には犬はいない”とか、そういうレベルの言い訳なわけだ」


さすがに年をとれば誰でも老人になりますから、老人はいない、とは言えなかったのでしょう。しかし、その「老人ホーム」なる場所がどんなに劣悪な環境か、容易に想像はつきます。精神病院も統合されるときいて、双子の姉妹はそこを逃げ出すことを決めました。そう、むろんその病院も、病院と呼べるレベルのものでは、なかったはずです。
ソ連が崩壊し、ロシアとなった国で、彼女たちは自分たちの存在をようやく世間に訴えることができるようになり、施設をうつることができましたが、だからといって何もかも解決する訳ではありません。三十余年ぶりにさがしあてた母親は、夫は死に息子はアル中。働いている工場でも指をさされる有様で、彼女たちを引き取る余裕もなく、会うたびに泣いてばかり。ついに彼女たちは、面会すらも拒絶するようになります。


ソ連にはもちろん、ロシアン・ブルーもライカ犬もいました。
ていうか車椅子いらねって、怪我人もいないっていうつもりか。


と二人で言いあっていた、翌日の新聞の見出し。


「障害者支援を一本化/身体・知的・精神」


どうやら日本にも、犬がいなくなってきた模様ですよ……。