世界の果てで、呟いてみるひとり。

鳴原あきらの過去・現在・未来

心理テストではありません。


質問です。
あなたはとある高台に来ています。
すると、そこに至るハシゴが落ちてしまい、そこにいた人たちは全員降りられなくなってしまいました。
そこへ、意地悪な人がヘリでやってきてこう言います。
「誰か一人、そこにあるバンジージャンプで飛んでみせろ。そうしたら全員降りられるよう、ハシゴをかけてやる」
下は断崖絶壁です。
バンジージャンプの道具は丈夫そうですが、とても簡単に飛べる高さではありません。
高台には、あなたの他にも男女とりまぜて、二十人近い人がいます。
あなたならどうしますか?


上記はその昔、誰かのイメージについて語る時に、うちで発明された比喩です。
私が「怖い」と怯えていたら、例えば△△さんなら「俺が飛ぶ」といって前に出るんではないかと。
「でも怖くないんですか」と尋ねると、青い顔で振り返って「俺だって怖いよ。あーひゃー……(←落下中の悲鳴)」。
実に勝手なイメージな訳ですが、△△さんが普段標榜している「正義感」がそういうものだったからで。「男は黙って」なんて、くだらないことを言わない。俺は怖いものは怖い。自分の弱さもよく知ってる。決してカッコイイ人間ではない。でもだからといって、困っている人がいるのに自分ができることをやらない訳にはいかない。そういう感じでした。良い意味で「男らしい」。


この比喩は、別な人を形容する時にも使われました。
○○さんは、何も言わずおもむろに飛びます。それは目にもとまらぬ早業で、しかも初めてとは思えない華麗なアクロバットです。しかしあまりに素早かったので、その場にいた人たちは何が起こったのかよくわからず、いつまでもオロオロしています。○○さんは怒りだします。あんなに怖い思いをして飛んだのに、感謝も賞賛もされず事態もいっこうに変わらないのでカンカンです。しかし周囲は、○○さんがなぜ怒っているのかわかりません。そういう感じ。つまり、「全体的なスキルは高いし善意の人なのに、基本的コミュニケーション力が不足している人」なのです。人生損してます。


もちろん、飛ぶ必要はない訳です。
知恵を使って別の方法で全員を脱出させる人もいるでしょう。自分一人で脱出して、別の助けを呼んでくる人もあるでしょう。誰かをうまくおだてて飛ばせる人もいるかもしれません。死ぬ訳じゃないので、卑怯なこととは言えない。飛ぶか飛ぶまいか悩んでいるうちに、誰かに飛ばれてしまう人もいるかもしれません。反対にあっさり決めてしまうけれど、その時の調子で「飛ぶ」「飛ばない」がわかれる人もいるでしょう。どれも間違っていません。


あなたならどうしますか?


って普通、こんな目に遭いません(シチュエーション異常すぎ)。
というかこういう形容がぴったりなイメージって……○○さんすみません。決してけなしている訳ではありませんので(ってフォローになってないよ!)